キノ(ケノ)の起源
キノの歴史より古い歴史のあるカジノゲームを探してみてください。この人気のナンバーゲームの歴史は、ラスベガス、カリフォルニアそしてオンラインカジノにレストランやラウンジができる前の、はるか昔にさかのぼります。
キノにまつわる話は、2つあります。
古代キノの歴史
およそ200BCごろ、古代中国で、当時の支配者、ハン王朝のCheung Leungが、キノに似たゲームを発明したのが始まりと言われます。Leungの支配地が、長い間戦争に巻き込まれ、お金も食料等もなくなっていた頃の話です。Leungの支配地に住む住人が、これ以上戦争に費やすお金はなかったことという神話です。食料を買うお金を調達するために、Leungは、キノに似たゲームを発明しましたが、これには80のナンバーの代わりに、120の記号が使われていました。このゲームはすぐに大当たりし、この街を救いました。キノによる収益で万里の長城をも建てたといううわさもあります。
古代中国では、キノはホワイトピジョン(白鳩)ゲームとして知られてきました。明らかに、当時伝書鳩が存在し、大都市から小さな農村に勝利を運んだと思われます。
現代版キノの歴史
ケノは、中国人移民によってアメリカに入りましたが、その多くは、19世紀中期にサンフランシスコに代表される西海岸でよく見られました。移民達によって、中国の文化が大量に入ってきました。このゲームはアメリカで引き続きプレイされ、すぐ「中国くじ」として知られるようになりました。
最初キノは、アメリカの主流に入り込むのに苦労しました。主に「中国くじ」は、記号で遊ばれていたからです。くじを現在のナンバー式にしてからは、突然人気がでました。
ギャンブルは、1931年にネバダ州で合法化されました。しかし、くじはカジノでは違法でした。法律を潜り抜けるために、カジノは「中国くじ」から「競馬ケノ」に名前を変更しました。これはくじの代わりに、プレイヤーがナンバーのついた馬を選び、ランダムに抽選される当たり馬を当てるというアイデアでした。
その後州の政府機関が、ネバダ州のギャンブルと抜け目ない関係者達を課税対象とする法律を制定し、カジノはすぐにその法律を適応しなければなりませんでした。さらに名前を変更し、シンプルにキノ(ケノ)とし、現在そう呼ばれるようになりました。
キノは、カジノゲームの中でも、歴史のあるゲームのひとつです。